裁判員裁判体験記 「評議3日目・評決」 ~vol.13~から
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勝負ランチ(2度目)
12月24日(金)
午前5時。どうしても寝付けず目が覚めてしまいました。
お昼になり集合時間が近づくと、スーツに着替えて家を出発。普段はワイシャツ姿で出廷していたわたしですが、この日ばかりはスーツでした。
午後1時。「霞が関」駅を降りると、飽きずに「農林水産省 北別館」に向かいます。
「農水省で勝負メシを食べよう(2回目)」
ということで縁起の良さそうな「ヒレカツカレー」を注文。
「カレーにはお味噌汁が付いてきますので、あちらでお受け取りください」
「えっ」
カレーに味噌汁って合うのかな。これが農水スタイルか。
お皿を受け取り、カフェテリアのおかずを見ていると……おっ、温泉卵があるじゃん。
こうして「ヒレカツカレーwithおんたま」の完成!
まずはカレーを一口。コクのあるルーがうまい! スパイスの香りが口の中に広がる、奥深い味わいです。
そしてヒレカツ。スプーンで切れるほどやわらかく、肉のうまみがぎゅっと詰まっています。
そこに温泉卵が加われば、もうおいしさが限界突破!
ありがとう農林水産省
それにしても、本当に農林水産省のご飯はおいしかった。
裁判のプレッシャーに悩まされていたわたしにとって、農林水産省のご飯は唯一の癒しとも言える存在でした。
もしコンビニ弁当だけで裁判を続けていたら、いつか倒れていたかもしれません。
ありがとう、農林水産省。
気合十分になったわたしは胸を張って裁判所へ向かいました。
評議室にメンバーが集まると、まずは判決文の読み合わせを行います。読んでいておかしな表現がないか、細かな点を修正しました。
判決の時
午後3時。いよいよ判決の時です。
評議室を出ると控室で待機するのですが、わたしはずっとそわそわしていました。
「裁判長でも重い刑を宣告する時は緊張するんですよ。気合を入れないと声が出なくて」
いつもはどっしりと構えているA裁判長も、この時ばかりは緊張しているようでした。
「準備OKです」
スタッフの案内を受けたわたしたちは法廷へと向かいます。
ちなみに「補充裁判員」の2人は、判決に参加することはできません。傍聴席から判決を聞く形になっています。
法廷ではいつものように検事・弁護人・被告人が立っていました。傍聴席は満席です。
全員が一礼し、開廷。
「それでは被告人に判決を下します。被告人、前へ」
A裁判長がいつもより大きく、トーンの高い声で話し始めました。
被告人が証言席に立つと、A裁判長は判決文を読み上げます。
「判決主文を読み上げます。被告人を懲役9年に処す」
被告人はゆっくりとA裁判長に頭を下げ、元の席に戻りました。
「まずは罪状を読み上げます。被告人は……」
A裁判長が判決主文を読み上げている間、
「終わった。これですべて終わった……!」
わたしは感無量で言葉も出ませんでした。それは複雑な感情だったけれど、とりあえずホッとしたことは覚えています。
裁判長が喋っている間、被告人は黙ってメモを取り続けていました。
結局、彼がメモを取り続ける理由は最後までわからなかった。被害者たちの気持ちを理解しようと、彼なりに努力しているのだと信じたいです。
そして白髪の主任弁護人。「懲役3年・執行猶予」を求刑した彼ですが、この結果をどう思っているのでしょうか。
彼は手を組んでじっと判決を聞いていました。わたしの主観ですが、その表情はどこか苦々しそうです。
一方で「懲役14年」を求刑した検察側は、可もなく不可もなくという表情。淡々とメモを取っていました。
傍聴席には被告人の母親と妹が来ており、彼女たちもメモを取っていました。
A裁判長は彼が犯した罪状、犯行の悪質性、情状酌量できる部分、できない部分などを読み上げます。
事実認定
判決には以下のような事実認定が含まれていました。
・Bさんが「何十、何百発も殴られた」という訴えについて
・Bさんの怪我の状況を撮影した写真から、また彼女を診療した医師の証言から「数十発は殴られていない」。殴られたのは1~2発である。
・犯行の悪質性について
この事件では、4名の女性とも自分から被告人の家に入っているが、それは被告人が「一本お酒を飲むだけだから」「家が近くにあるからそこで飲もう」などと無理やり連れ込んだからであり、女性の落ち度とは考えにくい。
以上のことから強制性交罪の中でも、悪質な犯行だといえる。
・被告人の治療の必要性について
被告人は診断医から「パラフィリア障害」「ハイパーセクシュアリティ」などと診断されており、治療を受ける必要性があることを認める。
かといって、刑を短くする情状酌量があるとは認められない。
・示談が4件とも成立している件について
示談が成立したからといって、被害者女性が受けた精神的苦痛が癒えるわけではない。
しかし示談についてはある程度は情状酌量として考慮するべきである。
最後にA裁判長が改めて刑を読み上げると、
「以上です。これにて閉廷」
こうして3週間に渡る「元ホスト連続婦女暴行事件」の訴訟は終了したのでした。
事件関係者がぞろぞろと退出していくのを見て、
「この景色も見納めだな」
名残惜しかったわたしは、二度礼をしてから法廷を出ました。
裁判の終わり
「みなさん、お疲れさまでした」
評議室に集まると、A裁判長がねぎらいの言葉をかけてくれました。
「わたしは長い間裁判員裁判をやってきましたが、3週間もかかる裁判は滅多にありません。みなさん被害者の方の証言を聞いてダメージを受けたり、重い量刑を決めたりと大変だったと思いますが、最後までありがとうございました」
「ありがとうございました」
わたしたちは心からお礼を言いました。
この3週間、ずっと付きっきりでわたしたちをサポートしてくれたA裁判長、B裁判官、C裁判官女史。彼らに言葉を贈るとしたら、
「ありがとう」
それしか言葉が見つかりません。
次に裁判官・裁判員のみんなで裁判の感想を話し合いました。内容は書けませんが、みんなにとって貴重な経験になったことは確かです。
それが終わると、A裁判長が「感謝状」を一人ずつ手渡ししてくれました。
感謝状を渡す際、A裁判長が
「評議では、議論を積極的に盛り上げてくれてありがとうございます」
と言ってくれました。感謝状なんてもらったのは人生で初めてなので結構うれしい!
午後4時。名残惜しくはあるけれど、解散となりました。
明日からもうこのメンバーで集まることはないんだと思うと、急に寂しさがこみ上げてきます。
「みなさんお疲れさまでした!」
「またどこかで!」
駅に向かう途中で、一人、また一人と別れていきます。電車に乗る時には自分一人になっていました。
「なんか、まっすぐ家に帰りたくないな」
「銀座」駅で降りるとあてもなくブラブラ。まだ夕方なのにクリスマスの飾りがキラキラと光っています。
前にこの町を歩いた時はストレスに押し潰されそうで、思わず叫び出しそうだった。判決日を迎えるまでに正気でいられるか不安だったのを覚えています。
ところが今はどうでしょう、心はびっくりするほど穏やかでした。
「判決が出たことがニュースになっているかな」とネットを調べてみるも、反応はなし。それきり、この事件がニュースになることはありませんでした。
逮捕した時はセンセーションに騒ぎ立てて、あとはほったらかし、それでいいのかな。
ネットには被告人が逮捕されたという記事だけが残って、後の人生でも彼の足かせとなるのでしょう。
「そういえば、被害者の人たちはどうやって判決内容を知るんですか?」
判決の前、わたしはA裁判長に質問したことを思い出しました。
「被害者の人たちは検察側から連絡が行くことになっています」
彼女たちはクリスマスイブをどんな気持ちで過ごしているのだろう。
わたしたちが決めた「懲役9年」という数字が、彼女たちにとって少しでも救いになれば幸いです。
その日はカラリと晴れていて、夕方になっても少しだけ暖かかった。
そんなクリスマスイブでした。
裁判員体験記・おわり
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