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裁判員体験記 「結審」~vol.10~

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情状証人尋問(母親)

この日は情状証人質問を行います。証人席には被告人の母親が立ちました。

母親は優しそうな風貌で、静かな声でしゃべる人でした。

まずは弁護人が質問を行います。
「被告人はどんな子どもでしたか?」
「駄々っ子で、なだめるのにとにかく時間がかかりました」
「被告人は高校を卒業後、何をしましたか?」
「息子は高校を出てから音楽の専門学校に通い始めました。でも、学費を稼ぐためにホストのアルバイトを始めたと聞いて。とにかく儲かるらしく、月に130万円稼ぐこともあったみたいです」
「あなたはそれを聞いてどう思いましたか?」
「とにかく浮かれているように感じました。女性のことを『自分をちやほやしながらお金をくれる存在』だと思っているようでした」
母親は続けて
「いちど息子はホストを辞めて、地元に戻ってきたことがあるんです。『普通の女の子を指名料を稼がせるために風俗で働かせるのが嫌だ』と言って。それでも地元は息子に合わないようで、また東京に出てしまいました」と証言。

次は検事による質問。いつもの女性検事が
「あなたは被告人に、これからどうして欲しいですか?」と聞くと、被告人の母は
「地元に帰って建設関係の免許を取って、父が元気な内に一緒に働いてほしい。そして治療を受けてほしい」
と述べました。

「ホスト時代、被告人が女性と何度かトラブルを起こしていたのは知っていましたか?」という質問には
「知りませんでした」と回答。

すると検事は質問を変えて
「あなたは今まで、被告人と女性間のトラブルで示談金の支払いをしたことはありますか?」

それは針のように鋭い質問でした。検察は多分、どこかで証拠を握っているのではないでしょうか。

母親は黙り込んでしまい、法廷はしんとした沈黙に包まれます。

彼女が黙秘を続けて1分ほどが経過。検察官は質問を撤回せず、彼女の回答を待ち続けました。

沈黙が3分は続いたでしょうか、母親はぼそりと
「お店のトラブルは息子自身で解決していましたので」
と言いました。

「他にトラブルはありませんでしたか?」
またも長い沈黙。ここで弁護人が助け舟を出すように

「異議あり。事件と関連性のない質問をこれ以上聞く必要はありません」
と発言しました。

最後に検察官は
「帰郷して治療を受けてほしいとのことですが、被告人は一度地元に帰ったあと、また東京に上京していますね。出所しても、同じようなことになるのでは?」とチクリ。

ワイルドさ爆発! くじらのステーキ

母親の尋問が終わるとお昼休憩。

検察が「資料を作り直すので時間が欲しい」と訴えたため、審理は2時間後に再開されることになりました。

「それなら今日も農林水産省に行こう」

この日食べたのは「いわし鯨ステーキ御膳」。これは「いわし」と「鯨」ではなく、「いわし鯨」という名前の鯨を使ったステーキです。

うまい! 「いわし鯨」は獣臭い牛肉のような、ワイルドな味わい。硬くて弾力があって、食べごたえバツグンです。噛めば噛むほど肉汁があふれて、ご飯が止まりません。

そして、本当に農林水産省のお米はおいしい! ふっくらもちもちしたご飯は何度食べても飽きません。

お米は茨城県産のコシヒカリらしいけど、この「軽さ」はどう炊いたら出せるんだろう?

この日もあっという間に完食。

裁判員裁判に参加してからというもの、わたしはストレスで食が太くなりました。

普段は「朝・夕」しか食べなかった自分が、「朝・昼・夕・夜」と1日4食取るようになっていたのです。

論告の時間(検察側)

審理再開。今回は検察官による「論告」が行われました。

論告とは法廷に挙がった証拠をベースに、検察官や弁護人が意見を述べること。この時に被告人の「求刑」も行います。

検察はわたしたちに事件の概要をまとめたプリントを配りました。裁判員向けに作られているため、非常に内容がわかりやすかったです。

いつもの女性検察官は資料を元に、ABCD事件の概要を改めて説明。

被告人を「強制性交罪、強制性交等致傷、強制わいせつの罪」に該当すると判定した上、以下の5点が争点であることを述べました。

1.強度な暴行・脅迫を加えた悪質な犯行
被告人は性的な行為を行うために、被害者に暴行を加えたり、首を絞めたりした。

2.被害者に与えた結果、被害が重大
多くの被害者がケガを負っており、また、「殺すぞ」などの脅迫を通じて、著しい恐怖感・不快感を与えた。被害弁償がされているが、それで心の傷が癒えるわけではない。

3.己の欲望を満たすだけの身勝手な動機
性的欲求のために4人の女性を襲った身勝手な動機だと考えられる。

4.再犯の可能性の高さ
被告人は3ヶ月で4回の犯行を行っていて常習性があり、再犯の可能性も高いと考えられる。

5.弁護の可能性
被告人は性的嗜好障害であること、被害者全員と示談が成立していることは情状酌量に値する

上記の説明が終わると
「これらの事実を鑑みて、被告人を『懲役12年から14年』と求刑します」
と結びました。

論告の間、女性検察官はずっとわたしたち裁判員の目を見てしゃべっていました。

論告の時間(弁護側)

休憩を挟んだあとで弁護人の論告。すっかり見慣れた主任弁護人が、1時間に及ぶ論告を行いました。

弁護人が最初に放った言葉。それは
「被告人の行いは、すべて有罪です」というもの。
最初に不利な情報を認めることで、後の意見を通りやすくする狙いでしょうか、ものすごくインパクトのある発言でした。

続けて彼はわたしたち裁判員に向かって
「あなたたちには究極の仕事『量刑』が残っています(※被告人の刑を決めること)」
「最初の仕事は『事実認定』です。起訴状の事実は本当にあったのか、それともなかったのか? 『常識に従って、起訴状に書かれている事実に疑問がある時はその事実はなかった』と思ってほしい」
「たとえばBさんを思い出してください。『数十発殴られた』『頭を殴られた』など、被告人と発言が矛盾しています。ですが法律では『疑わしきは被告人の利益に』といって、疑わしい事実は罰することができないのです」
などと述べました。
そして被告人が今すぐ性障害の治療を行う必要があることを踏まえて、
被告人を『懲役3年+執行猶予+保護観察』の刑を望みますと発言。

最後に弁護人は裁判員たちの目を見ながら
「あなたたちは国家の主権としてこの裁判に参加している。あなたたちは裁判官たちの生徒でもない。法律のレクチャーを受けにきたのでもない。あなたたち自身で判断して、事件を判断してほしい」
と結びました。

これは主任弁護人が、審理の初日に言った言葉です。なんてうまいプレゼンテーションだ……。
「それにしても、どうやって刑を決めれば良いんだろう」
わたしは頭を抱えたくなる思いでした。

検察は「懲役14年」を求刑し、弁護側は「懲役3年+執行猶予」
を求めている。両者には11年も開きがあるんだけど……これを自分たちで判断しろと?

少なくとも4人の女性に暴行しておきながら「懲役3年+執行猶予」は無いような……そんな刑を下したら暴動が起きるぞ。

結審を迎えて

この日で審理はすべて終わりました。(これを結審と呼びます)あとはわたしたちが審議を行い、量刑を決めるのみです。

結局、公判を通じてわからないままのことがありました。
「Bさんは本当に何十発も殴られたのか?」
「4件の示談は量刑にどれくらい影響するのか?」

これらの判断はわたしたち裁判員が評議を通じて決めることになります。そう考えると、裁判員って本当に責任が重い……!

この日は金曜日で、土日はお休み。でも、ほとんど体を休めることはできませんでした。

家にいても、サウナに行っても、事件のことで頭がいっぱいで何も手がつかないのです。

日中は事件の書き起こしを行って、残りの時間はひたすら家でゲームをする。そんな休日を過ごしました。

事件の書き起こしをしていると「これは今までにない面白い文章になるぞ!」と思ったり、
逆に「裁判員体験記なんて、裁判を傍聴すれば誰でも書けるじゃん」と思ったり、不安定な気持ちをいったり来たりしました。


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コメント

    • RKBラジオディレクター
    • 2024年 3月 21日

    初めまして。
    私福岡のラジオ局で制作をしております、樋口と申します。

    早速ですが、私が担当しております毎週金曜夜9時から生放送の「服部さやかのシュンすぎ」という番組があります。
    そこで、22時から今夜の活と言うコーナーを放送しています。
    そこではレアなサービスや人にフューチャーしてお話を伺っていますが、是非この度裁判員裁判を体験された貴重なお話をお電話でお聞かせいただければと思い、ご連絡いたしました。
    詳細な企画書もございますので、一度ご検討頂けますと幸いです。

    何卒宜しくお願い致します。

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