裁判員体験記

裁判員体験記 「公判1日目」 ~vol.2~

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初めての審理

12月6日(月)

初公判の朝。わたしは東京地方裁判所を訪れると、11Fの評議室に行きました。

評議室はテーブルが円卓の形に並べられており、裁判官・裁判員同士で顔を合わせて話し合えるようになっています。

テーブルに座る位置はそれぞれ決まっており、わたしは6番目に選ばれた裁判員なので「裁判員6」と書かれたテーブルに着席。(「裁判員6号」というハンドルネームの由来です)

今回の裁判員は「裁判員6人」と「補充裁判員2人」いう構成でした。年齢層は30代から60代まで、幅広くそろっています。

性別の内訳は女性6人・男性2人。女性が多めですが、これが判決にどう影響するのか注目です。

集合時間になるとA裁判長とB・C裁判官が入室。

こうして
・A・B・C裁判官
・裁判員(6人)
・補充裁判員(2人)

という11人のメンバーが揃いました。これから3週間の裁判を戦っていく、大切な仲間たちです。

はじめに裁判官の人たちが自己紹介をしてくれました。

まずA裁判長。この道何十年のベテラン裁判官です。A裁判長はメガネをかけた男性で「森永卓郎」にちょっとだけ似ています。
印象的だったのが、彼はよくジョークを言うし、とにかくよく笑うということでした。
裁判長というとものすごく厳格な人物を想像していたので、これは意外です。

続いてB裁判官。こちらもメガネをかけた男性で、ベテランの裁判官。よく通る声で話す人で、質問にはなんでも答えてくれました。

そしてC裁判官女史。彼女は司法修習を終えて1年の若い女性でした。容姿端麗で、若くして司法試験を突破した彼女はまさに「才色兼備」といったところ。

「裁判員裁判」ではこのように「ベテラン裁判官」と「若い裁判官」が組むことが多いのだそうです。

ここで説明しておくと、わたしたちは「裁判」で、彼らは「裁判」です。
国民の中から「裁判員」が選ばれて、それを「裁判官」がサポートする。
それが平成21年から10年以上続いている「裁判員裁判」という制度なのです。

法廷に立つ

「それでは緊張するかもしれませんが、法廷へ行きましょうか」

そう言うと裁判官たちはスーツの上に法服を羽織りました。彼らが一瞬で「法の番人」になった瞬間です。

わたしたちはエレベーターで8階に降りると、控室の代わりに使われていない裁判室へ案内されました。

そこでしばらく待っていると
「OKです。全員揃っています」
係の人に呼ばれて裁判室へ入ります。

裁判室に入った瞬間。それはわたしの人生の中で、最も忘れられない瞬間になりました。

まずは裁判室の左側。そこには検察官が3人立っていました。

中央の証言台を挟んで右側には、2人の警察官に囲まれた被告人と、3人の弁護人の姿が。

一番後ろには傍聴席があり、傍聴人たちがこちらを見ています。席は満席でした。

わたしたちが座る裁判員席は、彼らを全員見渡せる位置にあるのです。自分はただの一般人なのに……!

裁判官の両脇に座る6人が「裁判員」です

「元ホスト連続婦女暴行事件」開廷

「それでは開廷いたします。被告人、前へ」
まずはA裁判長が被告人に対して人定質問を行います。これは簡単に言うと、名前や生年月日など、被告人が本人で間違いないかの確認です。

被告人は坊主頭をしたスーツ姿の青年。わたしの印象は「目つきがすごく鋭い人」でした。

続いて罪状認否。検察官が起訴状を読み上げ、上記の行為に間違いがないか問い合わせていきます。

検察官は30~40代くらいの女性で、すごく声にハリのある人でした。この人が
「被告人は嫌がる被害者に口淫を迫り……」
「ここに書かれた起訴状の内容に間違いはありませんか?」
などと言うのですが、ものすごく怖かった。「もし犯罪を犯したら彼女に尋問されるんだ」と思うと、身震いがする思いです。

起訴状に書かれた犯行は性的な内容でもすべて声に出して読み上げられました。

女性検察官が起訴状を読み上げている間、わたしは被告人の表情を確認。

この時、被告人のまばたきがすごく多かった。うつむきながら目をぱちぱちさせる表情は、苦痛に満ちています。

事件の特徴は?

被告人が起訴された事件は4件もありますが、説明するのは簡単です。
というのも、事件はすべてパターン化されていて

・被告人、ナンパやマッチングアプリで被害者女性と知り合う
・被害者女性を自宅マンションへ連れ込む
・被害者の体に触れるも拒否され、被告人は激怒
・被害者を「殺すぞ」と脅迫する
・被害者に殴る・首を絞めるなど暴力を振るい、わいせつな行為をする
という共通点があるのです。

後に被告人が元ホストであることが判明したため、わたしはこの事件を
「元ホスト連続婦女暴行事件」と名付けました。

4つの事件を扱うことはわかったけど、どうやって被告人の刑を判断したらいいのだろう。

検察側の立場から見ると
「同じような犯行を繰り返して悪質!」という風になるし、
弁護側の立場から見ると
「彼は同じようなことを繰り返している。だから、それが犯罪である意識が薄いのだ」と擁護することもできてしまう。

あと、被害者が4人も出るまで警察はなにをやっていたんだろう?

検事が起訴状を読み終えると、刑を判断する争点は4つあること、裁判員は

  1. 犯行の悪質性
  2. 被害者に与えた結果
  3. 再犯の可能性
  4. 犯行の動機

を元に判断してほしいと言いました。なるほどそれならわかりやすい!

続いて罪状認否。検察官が被告人のそばに立つと、起訴状を示して「上記の行為をしたことを認めますか」と尋ねます。

被告人は「自分がやったことに間違いはないが、暴言・暴力に関していくつか覚えがないことがある。そこを正したい」と述べました。

赤信号のたとえ話

次は弁護人による陳述。弁護人は3人いて、主任弁護人を名乗る白髪の男性が話し始めました。

主任弁護人は法廷内に置かれたモニターに、ある画像を映し出しました。
それは「赤信号」の画像です。

彼はこんなことを言いました。
「人は赤信号を見れば『とまれ』のサインだと認識します。それは赤信号の意味を『認知』しているからです。
では、もし赤信号の意味を『認知』できていなかったら? 被告人はそれと同じで、性に関する認知のゆがみがあります」

彼の淡々としたしゃべり方は、注目を引き付ける魅力がありました。続いて弁護人は以下のような情報をあげました。

  • 被告人は昔からキレやすい性格だった
  • 彼は性障害治療専門センター「NPO法人SOMEC」より、「パラフィリア」という性障害であると診断を受けた
  • 彼は元No.1ホストで、「女性にお金を使わせて当然」「女性だってセックスしたがっていると思っている」などの思いこみがある
  • 被害者女性が4人とも示談を成立させており、被告人に刑事罰を望んでいない

あとで「パラフィリア」について調べてみたものの、説明がすごく難しい。一言で言うと
性に強い衝動を持っていて、それが原因で社会生活に影響が出る障害
になるでしょうか。

演説を終えると、主任弁護人はわたしたち裁判員に向き直り
「あなたたちは国家の主権としてこの裁判に参加している。あなたたちは裁判官たちの生徒でもない。法律のレクチャーを受けにきたのでもない。あなたたち自身で判断して、事件を判断してほしい」
と言いました。わたしは胸がじーんと熱くなるのを感じました。

わたしが事前に裁判員裁判について調べたところ、
「裁判員裁判なんてただのお飾り。どうせ最終的な判断はプロの裁判官が下すから参加するだけムダだよ」
という意見を聞いたことがあります。

でも主任弁護人の言葉を聞いて、それが偽りであることを感じました。
検察官も弁護人も、わたしたちが裁判の一員であることを、ハッキリと認めてくれている。この弁護人の言葉が聞けただけでも、わたしはこの活動に参加してよかったと思っています。

証拠品調べ

続いて書証調べといって、事件にまつわる証拠品をあらためることになりました。

検察側は事件が起きた場所、つまり被告人の住んでいるマンションの写真などをわたしたちに提示。

続いて被害者女性たちの傷の写真を提示。そこには顔にあざができた女性、髪を抜かれた女性など、痛ましい姿が写っていました。

また、被害者女性の一人がマンションから逃げ出す動画も提示されました。

そこには腰にバスタオルを巻いただけの被告人が、逃げる女性を必死に追いかける映像が流れました。コメディ映画なら笑うところですが、現実では全く笑えません

続いて弁護側の証拠提出。弁護側は被害者女性の書いた「示談書」を提示しました。

なんと被害者女性は4人とも示談を成立させており、数百万円に及ぶ示談金の受け取りも完了しているというのです。

しかも彼女たちは
「わたしはあなたの誠意を認めます。あなたが厳罰を受けることを望みません」といった書面にサインもしていました。

「これってどうなるんだ? 示談が成立しているということは、もう裁判は終わりなのか?
大きな謎が残ったところで、今日は閉廷。

初日を終えて

わたしたちは評議室に戻ると、翌日のスケジュールを確認して解散。

公判初日の段階で、わたしの頭はすっかり混乱していました。

最初に起訴状に書かれた犯行内容を見た時
「これはもう有罪確定だ! 重罪だ!」と意気込んでいた。

それが話を聞いてみると「4人全員とも示談が済んでいる」ことがわかった。

そんな状態で、いったいどうやって刑を決めればいいんだろう? まるで雲をつかむような話です。

裁判所を出るとわたしは「霞ヶ浦駅」の地下にある「ドトール」カフェに行きました。そして、この日の出来事をPCに書き起こします。

「今日の出来事をすべて書き出さないと……」

わたしは頭の中の記憶を頼りに、審理の内容を書きだしました。「裁判員裁判」という当選確率0.01%の貴重な体験を、少しでも多くの人に知ってもらいたかったのです。

なぜわざわざ記憶を頼りに記録を取るかというと、「事件に関わる資料は持ち帰り不可(メモ含む)」だからです。

正直、メモなしで裁判の記録をまとめるのはキツイ!

「主任弁護人が赤信号が~~みたいなことを言った
たしか検察官が~~と言った」
あいまいな記録を書き終えると、わたしは帰宅しました。


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